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2009年1月17日 (土)

亡き父への手紙朗読 神戸レインボーハウスで追悼式~神戸新聞~

2009年1月17日(土)16:04                                           神戸新聞

 阪神・淡路大震災で家族を亡くした遺児らを支援する神戸市東灘区のあしなが育英会・神戸レインボーハウスで十七日午前、「今は亡き愛する人を偲(しの)び話しあう会」が開かれた震災当時、三歳と五歳だった遺児二人が父にあてた手紙を朗読。多くの人に支えられ、父の不在を乗り越えてきた十四年間を振り返り、「これからも温かく見守って」と呼び掛けた。

 神戸常盤女子高校二年冨永枝里さん(17)=同市須磨区。家族六人がつぶれた自宅の下敷きになった。須磨寺の塔頭(たっちゅう)・蓮生院の住職、父龍心(りゅうしん)さん=当時(44)=を失った。

 記憶にあるのは、父に抱っこしてもらったこと、公園に散歩に出掛けたこと。「親せきの人から『えりちゃんの名前をよく呼んでいたよ』と聞き、父に愛されていたんだと思いました」

 レインボーハウスには小学三年から通った。「もう一つの家族。みんなと一緒にいるだけで安心できた」。弓道の部活に励んでいることや「調理師になりたい」という夢などを父に報告した。

 「父さんの分まで笑顔で生きていく」。同市長田区で被災した流通科学大一年竹中基治さん(19)は、トラック運転手だった父政治さん=当時(44)=を亡くした。

 五カ月後には二十歳になる。「父さんのぬくもりは知らないけれど、たくさんの人の心のぬくもりを知ることができた」と感謝の言葉で結んだ。

 約百二十人が黙とうし、献花。終わりの言葉で、父と弟二人を亡くした大阪学院大四年佐野孝行さん(22)=西宮市=が「震災は私の人生を大きく変えたが、これまでの経験を忘れず生きていきたい」と力強く述べた。


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コメント

こんばんは。
お久しぶりになってしまってごめんなさい。

今日は本当に忘れてはならない日ですね。
あの時私は…
遠く離れた静岡の地でも震度3の揺れを体験しました。
なぜか地震の直前に目を覚ました記憶があります。
揺れがおさまったころ、当時一緒に寝ていた愛猫ちーちゃんがこわいよ~としがみついてきました。

こんなに離れたところで震度3…
本当に揺れは激しかったのでしょうね。
私には想像がつかないくらいに。

この時の教訓で、私はいつも枕元に猫用のごはんと水などを確保してリュックに入れていました。
あと靴も。
人はなんとか飢えを凌げても、猫のごはんまでは用意されないとおもったから…

亡くなられた方のご冥福と、残された方の幸せを願います。

投稿: まま | 2009年1月17日 (土) 午後 10時19分

ままさんへ

こんばんは。コメントありがとうございます。

私もなかなかコメントを残さずにごめんなさい。

そう、静岡でも震度3あったのですね。

私は、広島市内の実家で寝ていて、大きな音で目が覚めたと思います。時間が少し立ってから大変な事が神戸でおきた事を知りました。
そして、あしなが育英会が神戸震災遺児救済やレインボーハウスを建設していることを知りました。

>この時の教訓で、私はいつも枕元に猫用のごはんと>水などを確保してリュックに入れていました。
>あと靴も。

えらい。大切なことだと思います。
いつ、自分にも降りかかってくるかわからないので準備をしておく事が大切だと思います。

投稿: けいちゃん | 2009年1月18日 (日) 午後 09時50分

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