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2009年1月26日 (月)

更新が遅れていますm(_ _)m

先日、1月14日に神戸レインボーハウスに行き、山本ゆき様の講演を夜に聴かせて頂きました。その事を記載するのが色々とあり遅れています。

素晴らしい心に響く講演でありました。山本ゆき様から頂いた本、「山本孝史の記録」800ページを超える記録の本ですが、ここで紹介したいと思っています。

山本ゆき様及び神戸レインボーハウスの館長には心より感謝いたします。また、あしなが育英会の先生達にも心からお礼を申しあげます。

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2009年1月17日 (土)

亡き父への手紙朗読 神戸レインボーハウスで追悼式~神戸新聞~

2009年1月17日(土)16:04                                           神戸新聞

 阪神・淡路大震災で家族を亡くした遺児らを支援する神戸市東灘区のあしなが育英会・神戸レインボーハウスで十七日午前、「今は亡き愛する人を偲(しの)び話しあう会」が開かれた震災当時、三歳と五歳だった遺児二人が父にあてた手紙を朗読。多くの人に支えられ、父の不在を乗り越えてきた十四年間を振り返り、「これからも温かく見守って」と呼び掛けた。

 神戸常盤女子高校二年冨永枝里さん(17)=同市須磨区。家族六人がつぶれた自宅の下敷きになった。須磨寺の塔頭(たっちゅう)・蓮生院の住職、父龍心(りゅうしん)さん=当時(44)=を失った。

 記憶にあるのは、父に抱っこしてもらったこと、公園に散歩に出掛けたこと。「親せきの人から『えりちゃんの名前をよく呼んでいたよ』と聞き、父に愛されていたんだと思いました」

 レインボーハウスには小学三年から通った。「もう一つの家族。みんなと一緒にいるだけで安心できた」。弓道の部活に励んでいることや「調理師になりたい」という夢などを父に報告した。

 「父さんの分まで笑顔で生きていく」。同市長田区で被災した流通科学大一年竹中基治さん(19)は、トラック運転手だった父政治さん=当時(44)=を亡くした。

 五カ月後には二十歳になる。「父さんのぬくもりは知らないけれど、たくさんの人の心のぬくもりを知ることができた」と感謝の言葉で結んだ。

 約百二十人が黙とうし、献花。終わりの言葉で、父と弟二人を亡くした大阪学院大四年佐野孝行さん(22)=西宮市=が「震災は私の人生を大きく変えたが、これまでの経験を忘れず生きていきたい」と力強く述べた。

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2009年1月13日 (火)

神戸虹の家が満10年。1/17(土)NHK総合テレビ「週刊こどもニュース」で放送

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい、英称:Great Hanshin-Awaji Earthquake)は、1995年(平成7年)1月17日火曜日の兵庫県南部地震によって発生した大規模災害である。震災から14年になろうとしている。

その日にNHK総合テレビ「週刊こどもニュース」で神戸レインボーハウス、虹の家が生放送されます。ひとりでも多くの人に関心を持って頂きテレビでご覧になって頂けたらと思います。

今夜から、神戸に向かいます。元交通遺児育英会奨学生で精神対話士の私が、神戸レインボーハウスに行かせて頂ける縁を持たせて頂いたことをありがたく思います。

あしなが育英会ホームページから抜粋

今月、神戸レインボーハウスは、おかげさまで満10年を迎えます。Mochi0901
 1月7日(水)には「お正月のつどい」が開かれ、震災・病気遺児ら64人が参加しました。子どもたちは、杵で一人ずつ餅つきに挑戦=写真=。みんなで粉だらけになって餅を丸め、お雑煮などでいただきました。昨年の農業体験で収穫したお米の炊き込みご飯もあり、みんな大満足。今年の目標を書き初めして自己紹介やコマやかるた、百人一首などで、冬休み最後の一日を楽しみました。
 また9日の神戸新聞の1面と社会面のトップ記事で、神戸レインボーハウスが満10年を迎える記事が掲載されました。
 さらに、阪神・淡路大震災からちょうど14年を迎える17日(土)の午後6時10分からNHK総合テレビ「週刊こどもニュース」で、神戸レインボーハウスの特集が放送されます。番組は、神戸市長田区から全国に生放送。ぜひご覧ください。
NHK「週刊こどもニュース」のページへ
神戸新聞1面記事へ 神戸新聞社会面記事へ

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2009年1月11日 (日)

「次は私が励ます」震災遺児の高3生、四川被災地訪問 ~神戸新聞社会面記事より~

01647275_2 九日で開設十年となる阪神・淡路大震災の遺児支援施設「あしなが育英会・神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)は、多くの遺児を励まし成長を見守ってきた。三田市すずかけ台四、高校三年生福井友利さん(18)もその一人。四歳で母を亡くしたが、同じ境遇の仲間たちと出会い「一人じゃない」と勇気づけられた。福井さんは昨年、中国・四川大地震の被災地を訪ねた。「仲間がいることを伝えたい」と。(岸本達也)

 

「レインボーハウスは大切な場所。友達も増えた」と話す福井友利さん=神戸市東灘区本庄町1、神戸レインボーハウス(撮影・内田世紀)

福井さんは、両親と二つ上の姉の四人で西宮市上大市の木造アパートで暮らしていたが、地震でアパートは全壊。母の幸美さん=当時(31)=が亡くなり、残った一家三人は三田に移り住んだ。

 その年の十二月、父の利幸さん(52)に連れられ、あしなが育英会が神戸市内のホテルで開いたクリスマス会に姉と出掛けた。一九九九年のレインボーハウス開設後は、遺児交流の集いなどに参加してきた。

 「同じ体験をし、何も言わなくても分かり合える友達ができた。大切な場所になった」と福井さん。利幸さんも「気兼ねなく話せるハウスは、親にとっても癒やしの場だった」と話す。

 昨年七月、育英会の企画でハウスの仲間とともに四川を訪問し、震災遺児同士で交流。震災当時の記憶はほとんどないが、がれきの広がる四川の風景に「母もこんな風に建物の下敷きになったのか」と感じ「初めて母の死と向き合えた」という。

 そして、母のことをもっと知りたいと思った。自転車の後ろに乗せられ出掛けたこと。髪をおかっぱに切ってもらったこと。生まれたときのアルバムに「友達がいっぱいできる子に」と書いてくれた母。

 四川での交流で「自分も多くの人に支えられてきたことを知った」と話す福井さん。利幸さんも「体験を通じて、自分の立場で何ができるのか考えられる大人になってほしい」と願う。

 今春、高校を卒業する福井さんの夢は管理栄養士になること。ハウスにやってくる子どもたちに、これからは自分が「一人じゃないよ」と伝えていこうと思っている。

(1/9 09:00)

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遺児支援の輪、拡大 神戸レインボーハウス10年 ~神戸新聞一面記事より~

阪神・淡路大震災で親を失った子どもらを支援する施設「あしなが育英会・神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)が九日、開設から十年を迎える。震災から間もなく十四年。震災遺児を対象に始まった心のケアプログラムは、病気や事故で親を失った子どもの参加者数が震災遺児を上回るようになり、支援の幅が広がっている。

 施設は一九九九年一月に開設。思いきり暴れて気持ちを発散できる「火山の部屋」、演奏や創作を通して心を和らげる「音楽の部屋」「アートの部屋」などがあり、同育英会の調査で判明した五百七十三人の震災遺児を中心に、心のケアに取り組んできた。

 成人する遺児が増えたのに伴い、二〇〇三年からケアの対象を震災以外にも広げた。〇七年度の利用者実数は震災遺児が三十四人だったのに対し、尼崎JR脱線事故や病気、自殺などの遺児が六十六人に達した。二週間に一度、同世代の遺児が集う定期的なケアプログラムは、〇七年度から震災遺児の参加がゼロになった。

 一方、神戸で始まった取り組みは国内外に広がった。海外の被災地との交流を続けた結果、台湾、ウガンダ、コロンビアに同様の施設ができた。〇六年には、同育英会が東京都日野市に国内二カ所目となる「あしながレインボーハウス」を開設。全国の遺児の集いなどを開いている。

 神戸レインボーハウスの建設費約十五億円と年間約一億円の運営費はすべて募金によって賄われ、〇八年も約四千六百人が募金に応じた。

 ディレクターの富岡誠さん(53)は「十年でレインボーハウスの存在が知られるようになり、問い合わせも増えている。一方で、大変な状況にありながら情報が届いていない家庭もあり、アプローチの方法を考えたい」と話している。(磯辺康子、岸本達也)

(1/9 10:06)

                                        

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2009年1月10日 (土)

神戸レインボーハウスとはどんなところ(^o^)

神戸レインボーハウスに14日(水)に行ってきます。

私の夢が一つ夢が叶おうとしている♪

精神対話士といえども、あしながの学生から学ぶことは多い。

あしながの子ども達は、成人するまでに片親、両親を亡くし悲しい体験をすでにしている。親の亡くなりかたもさまざまである。(交通事故・災害、震災、病気、癌、自殺・・・)などで親を小さい時に亡くしている。でも、遺児達は、悲しい体験をしてもそれらをバネにして生きている。

そして、多くの人達や支えられ、仲間に支えられ、自分たちも大変だけど、自分たちは沢山の人達の無償の愛を受けていることを感謝し、その恩返しとして、世の中で悲しんでいる自分たちと同じ境遇の仲間の為に恩返し運動を実践している。

そして、同じ遺児同志で心のケアを精神対話士ができる前から行ってきているのだ。そして、遺児同志の絆は太い遺児達が社会人になり、色々な分野で活躍(医師であったり、国家公務員Ⅰ種だったり、マスコミ、政治家・・・)されている。今度は後輩達を蔭ながら応援している。見たことのない人同士でも、あしなが奨学生というだけですぐに仲間になれるのだ(◎´∀`)ノあしながファミリーの絆は強い♪あしながの子ども達も、社会人になっても先輩達が、自分たちをいつまでも蔭ながら応援してくれていることは心強く嬉しい。それが励みにもなる。

精神対話士は、一人一人立派な人も多いが、あしながファミリーのようなつながりは無い。「世の中の為に何かをしたい」という志は共通にあったとしても、絆がないのである。

(財)メンタルケア協会 長木専務によると、「精神対話士で、小さいときに片親あるいは、両親を亡くしあしながの奨学金で進学し学生時代にあしながの活動や恩返し運動などをして来た人はいないだろう。あなたが初めてだと思う。」とのことであった。

神戸レインボーハウスとはどんなところ あしなが育英会ホームページから抜粋

神戸市灘区本庄町の住宅街に、円形2階建ての子どもたちのケアを中心としたゾーンと、これをL字型に囲むように5階建てのボランティア・共用ゾーン(講習室や保護者のためのの部屋、遺児学生の寮、事務所)の建物があります(敷地1351.83平方メートル・408坪、延べ床面積2658.73平方メートル) 。JR甲南山手駅から徒歩8分、阪神深江駅から10分で遺児らが歩いて通える絶好の場所です。

癒しのゾーン
おしゃべりの部屋
 同じ体験をもつ遺児や保護者同士が話し合いによって思いを分かち合う部屋。お互いの顔が見えるように円形のソファがあり、それぞれに動物のぬいぐるみを手に、すわればなぜか素直になれます

ごっこ遊びの部屋
 人形劇やごっこ遊びを通して、心の内を何かに象徴しながら吐き出しを行う部屋。砂箱で埋葬ごっこをして親の死を受け入れる子どももいます。

火山の部屋
 サンドバッグや大きな人形に思いっきりぶち当たり、暴れることで心にたまったストレスを発散できる部屋。壁や床全面はマットで保護されています。

アートの部屋
 絵を描いたり、粘土細工で心の内を表現する部屋。地震で崩れた家とその下敷きになっている自分を形にした子もいます。寝そべって描けるように床暖房。

音楽の部屋
 楽器を演奏したり、歌を歌ったりしながら、気持ちを落ちつけたり、発散できる部屋。電子ピアノ、ギターなどがあります。

おもいの部屋
 一人で泣いたり、考えごとをする部屋。小さな円形の部屋にお母さんの胎内に包まれるような卵形の椅子。遺影や遺品を置けるテーブルに天窓から柔らかい光がふり注ぎます。
レインボーホール
 大勢が集まれるホール。式典や追悼行事、講演会や体を動かす室内ゲームなどができます。ファシリテーター養成講座、クリスマス会、餅つき、コンサート、虹の心塾生の講演などに利用します

ボランティア、共用ゾーン
リビングルーム
 保護者がくつろいだり、懇談できる部屋。子どもたちがプログラムを受けている間の待ち合いの場所にもなります。

こどもの部屋
 子どもがプログラム以外で遊びたいときや保護者を待っているときに使用。半洋半和室で、託児所としての働きももっています。

習いごとの部屋
 子どもたちの学習塾、父親の料理教室、母親の編み物教室などを開催。流し、レンジ、電気コンロなどの設備があります。

和室
 一家で泊まれ、隣にはジェットバスも。有事のときには、ボランティアの宿泊場所にもなります。
中・小研修室
 ボランティアの講習や、ケアプログラム前後の準備やデブリーフのために使用します。
図書室
 子ども向けの絵本、癒しの教則本、震災の資料など。学生の勉強場所としても利用します。

虹の心塾
 「虹の心塾」は、神戸レインボーハウスに併設されている遺児大学生の学生寮です。神戸レインボーハウスに通う震災遺児ら小さな子にとっては、様々な死因によって親をなくした自分と同じ境遇にある優しいお姉さん、お兄さんが住んでいます。そのお兄さん、お姉さんは一緒に遊んでくれたり、行事を運営してくれます。
 塾生は関西圏の大学に通い、定員48人の寮に46人が生活し、切磋琢磨しています。心塾は単なる「安宿」ではありません。「人づくり」が目的で、礼を重んじ、挨拶励行、掃除を毎日します。1・2年時は4人部屋で”芋の子洗い“で切磋琢磨、人間を学び、生涯の友を得ます。読み書きスピーチ、インターネット、塾独自のカリキュラムを持ちます。心塾講座では講演を聞き、その後、講師の先生の出題で感想文を書き指導添削を受けます。読書指導は月2冊の読書をし、感想文を提出、指導添削を受けます。元NHKアナウンサー酒井広先生によりスピーチの実践講座もあります。
 塾生には出来るだけ海外へ行く機会を作り、留学し、国際性を身につけます。

 『暖かい心・広い視野・行動力、国際性を身につけ広く人類社会に貢献する人間作りの塾』です。
「あしなが心塾」について

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あしなが育英会・神戸レインボーハウスから嬉しい電話(*^_^*)

1月6日(火)、リハビリ室で仕事をしていると、事務所から一本の電話が回されてきました。

その電話は、「あしなが育英会・神戸レインボーハウス(虹の家)の館長 小河 光治様」からでした。電話の内容は、”昨年延期になっていた講演が、来週14日(水)の夜、レインボーハウスで行われるので参加のお誘いでした”(◎´∀`)ノ

講演をされるのは、元国会議員で自らががん患者であることを告白し、『がん対策基本法』『自殺対策基本法』の設立にご尽力された山本孝史先生の奥様、山本ゆき様がされる。

その電話を受け私の心は弾んだ(◎´∀`)ノ

昼休みに(財)メンタルケア協会 長木専務に電話をし、あしながレインボーハウスから電話があった事を伝える。

長木専務も電話で大変喜んでくださる♪

神戸レインボーハウス(虹の家)には、(財)メンタルケア協会から精神対話士もまだ誰も訪問したこともない。

2001年(平成13年)4月に天皇、皇后陛下がご訪問されている。

神戸レインボーハウス(あしなが育英会ホームページより)

一軒一軒訪ねたローラー調査で震災遺児573人を捜す

 神戸で震災遺児の心の癒しを日常的に実践している場が「神戸レインボーハウス」(虹の家)です。
 1995年1月17日の阪神淡路大震災の4日後には、震災遺児への奨学金の特別措置を決めるとともに、職員を現地へ派遣しました。
 その後、あしなが育英会の遺児学生が中心となり、市民ボランティアらと職員が、死亡者名簿を片手に瓦礫の中を一軒一軒訪ね遺児の発生を調べるローラー調査で573人の遺児を捜し出しました。4月には神戸に事務所を開設し、家庭訪問や年4回のつどいを開催するなど心のケア活動を行いました。

震災遺児の「黒い虹」を「七色の虹」へ

 その年の夏のつどいで、小学校4年生のかっちゃんという男の子が描いた『黒い虹』の絵はショックでした。家族8人が崩れた家の下敷きとなり、9時間も暗黒の中に閉じ込められたかっちゃんは、お母さんの呼びかけにも「声が出えへんかった」。父と妹を亡くしただけでなく、幼い心にかかった『黒い虹』の意味は誰にも想いもできないものでした。また、小学6年生だったあやちゃんは、つどいで「もし死んだらべつにくいはないから死にたかったな」「勉強なんかしても仕方ない」と作文に書きました。無表情、無気力のあやちゃんが初めて学生スタッフに、地震前夜の亡くなった父母のことを語ったのは2年半も後のことでした。そのあやちゃんは虹の家に通いつめ、「保母になりたい」という夢をみつけ、今春短大に進学しました。ケアの効果です。

 ケア活動を通し「幼い子から保護者まで、いつでも駆け込めて心のケアを継続的に受けられる場がどうしても必要」という声が起こり、学生たちの募金活動やご寄付で建てたのが神戸レインボーハウスです。1個1000円の虹のレンガ募金など、全国から、全世界からの暖かいお志が15億円もの募金となり、1999年1月完成しました。
 神戸レインボーハウスには、遺児が悲しみを吐き出すために工夫されたいろいろな部屋があります。同じ体験を持つ者同士が、安全な場所で、安心して心の中を語り合える「おしゃべりの部屋」、親の死を受容するためにお葬式ごっこをしたりする「ごっこ遊びの部屋」、たまったイライラを思い切り爆発させても安全な「火山の部屋」、一人になって大声で泣いたり亡き人と会話できる「おもいの部屋」などなどです。

癒しの手助けをするボランティア「ファシリテーター」

 また、同年代どうしでグループに分かれ、心のケアプログラム「グループタイム」に参加します。これにはファシリテーター(癒しの手助けをする人)と呼ぶ社会人や学生のボランティアが加わります。ファシリテーターは、米国オレゴン州ポートランドにある遺児らのデイケアセンター「ダギーセンター」(全米200施設の第1号)と業務提携をむすび、所長のドナ・シャーマン博士らを講師に招いて養成講座を開いています。
 神戸レインボーハウスには、病気・災害・自死遺児らの大学生、専門学校生の寮「虹の心塾」が併設されており、学生は、人格を磨く勉強をし、震災遺児たちがいつ来てもお兄さんお姉さん役として相手をし、遊んだり、勉強をみたりします。
 神戸レインボーハウスの運営費は「虹のかけはしさん募金」で継続的にご支援いただいています。

■所在地 〒658-0012 神戸市東灘区本庄町1-7-3
     TEL (078) 453 - 2418 FAX (078) 412 - 2418

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2009年1月 7日 (水)

お正月休みも終わりました(^o^)

1月5日から仕事が始まりました。。。。

1月4日最後の休みの日は、広島市内へ昼過ぎにいきました。

まず、父のお墓参りに行きました。

Dscn4395 昭和57年2月21日 47才没

交通事故(ひき逃げでした)

当時、私は高校1年生、弟が中学2年生でした。

学生時代は、(財)交通遺児育英会の奨学金で進学させて頂き、交通遺児の集いや街頭募金や「災害遺児にも進学の夢を」と全国の同じ仲間と恩返し運動に取り組ませて頂いた私でした。

ほんのこの前のように思われます。

でも、もうあと数年で父が亡くなった年齢になります。信じられない(まだまだ人間として未熟な私なのですm(_ _)m)

そんな私が、縁あって福祉の世界に入り、精神対話士という資格を2年前に取得し縁あって再びあしなが育英会の先生達との交流が始まり、学生時代に多くの人達の無償の愛で支えられて来ました。今度は、私が弱い立場の人達の恩返しをする番だと、ガン、引きこもり、お年寄り、など心のケアに取り組んでいること。そして、たくさんの人達との出会い、人との繋がり沢山の人に今も守られながら可愛がられながら生きていることを父に報告しました。

次に向かったのは、広島護国神社。

Dscn4400

ものすご~い人ですw(゚o゚)w

たくさんの人が参拝に並んでいますm(_ _)m

Dscn4403

外から並んでいました。。。。

私は、並ばず後ろからお参りして、おみくじして神社を後にしました。

次に向かったのは、広島三越です。

Dscn4406_2

ZARD坂井泉水 展」に行ってきました。

主な楽曲のPVと歌詞を並べて見られるコーナーがあり、ZARDの収録スタジオが再現されていていました。(◎´∀`)ノ

ボーカルの坂井泉水さんが実際に着用したジャケットやスーツなどの展示もありました。

また、坂井さんが描いた油絵を眺めて展覧会もありました。

Dscn4428

写真は出口でもらったポカリスエットとしおり。

出口を出たらグッズ販売のコーナーがありました。

各CDやポスター、Tシャツ、など色々と用意されていました。私が購入したものは「特別切手アルバム」と「ゴールデンベストアルバム」です。

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ZARDの切手アルバムです。

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Dscn4410 Dscn4408

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デビュー15周年ベストアルバムを買いました。(◎´∀`)ノCD2枚組全27曲収録されているものでした。

素敵な時間を過ごしました。

そして、1月6日の朝、職場に嬉しい電話が入ってきました♪

これは仕事から戻って記載します。

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2009年1月 3日 (土)

施設の入所者と対話してきました(*^_^*)

今日は、1月3日ですので、私は勤務では無いのですが、午後3時頃から1時間半ほど施設に顔を出しました。

目的は、施設に入所しているお年寄りの人達の顔を見るためです(◎´∀`)ノ

もちろん私は休みなのでお金にはなりませんが、毎年お正月の1日から3日までの間に施設に行きお年寄りと関わるようにしています。

先月からお年寄りに提供しているもので、「水師営の会見」の歌があります。その他としては、前にブログで紹介した「二宮金次郎」の歌です。今日もそれらの歌詞を持って認知症の所にいきました。

Dscn4394

写真は、「水師営の会見」の歌詞を見ながら歌っているお年寄りです♪

この「水師営の会見」は、75歳以上の人は知っています。小学生の時に毎日学校で歌っていたそうです。認知症の人も歌います。普段、言葉を言わないお年寄りも歌ってくださるのです♪(◎´∀`)ノ

以前のブログにも記載しましたが、その人の生きた時代が大切なのです。思いでの場所であったり歌であったり、ですから歌も年代で変わってくるのです。

その人達の時代にあった歌やなじみのものを提供する努力を私たちはしなくてはいけないのです。そう思います

私たちは、その人達の生きた時代のことを学ばなくてはいけません。

認知症棟でホールにいたお年寄りと握手をしながら、「あけましておめでとうございます」の挨拶を一人一人にして歩きました(*^_^*)みんな喜びます。

次に、一般棟の入所者の所へ行きました。私が行くとみんな笑顔で喜び、握手を求めてきます♪「わ~お休みでしょう・・・わざわざ来てくれたの・・・」みんな喜んでくださいます♪

ここでもホールのお年寄り一人一人に握手してまわります(◎´∀`)ノみんな喜んでくださいます♪

施設に面会に来てもらえるお年寄りは、幸せです。お正月でも面会に家族が来てくれないところもあります。お年寄りは、寂しいのです。今日も私が行くと喜びます。握手を求めてきます。

私は精神対話士。余命短いお年寄りが私と出会い、私とお話しすることで、少しでも元気な気持ちになってくれたら嬉しいです。ほんの些細な幸せでも感じて頂けたらそれで良いと思います。それが私にとっても元気の源になり、エネルギーとなります。

すでに私の今年の目標は動き始めていますヽ(´▽`)/

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2009年1月 2日 (金)

精神対話士けいちゃん、年末年始にかけてのお買い物(^o^)

ブログ更新が遅れています(-_-) 色々と遡って記事にして行きたいと思います。。。

12月28日(日)は、朝7時に家を出て広島市内に向かいました。

目的は、今年最後のバターケーキを買うためです(*^-^)

「長崎堂バターケーキ」のお店に着いたのは、朝8時20分頃でした。

Dscn4237_2 

これは、昨年12月13日11時頃にお店に行った時の写真です。

それが今回12月28日、朝8時20分頃(お店は9時開店です)

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Dscn4373

すでに沢山の人が並んでいます。

Dscn4374

これが一番最後の方です。すでに200人は並んでいます。

このあと100人位があとに並んで来ました!!(゚ロ゚屮)屮

Dscn4274 整理券が配られ一人20個限定でした。

私の後ろの人達50人位と後から来る人達は買うことができませんでした。整理券がなくなり店が開く前から売り切れです。

とにかく、バターケーキは人気があり、これを買う為にはもの凄い苦労がいります。高価なお菓子です;:゙;`(゚∀゚)`;:゙今回も遠くから兵庫県から来ている人がありましたw(゚o゚)w

そして、31日の昼過ぎからお店回りをしました(^o^)

夕方は、お正月の食べ物を買いに今年も行きました。夕方6時過ぎには半額になりました

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刺身の盛り合わせ、天ぷら盛り合わせ・・・にぎり寿司(^o^)

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夜は、お酒とビールを頂きました♪

ビールは、先日、忘年会のビンゴゲームで当たった景品です(◎´∀`)ノ

「にごり酒」は、西条の酒まつりで購入していたものを開けました♪

Dscn4388 日頃は、家ではお酒を飲まないのですが、お正月ですから頂きましたヽ(´▽`)/

Dscn4381

セーターも昼過ぎに買いました(^o^)

Golden Bearのセーター8295円が半額になってましたヽ(´▽`)/

支払いも2000円商品券をもらっていたので自己負担は2147円で済みました(*^_^*)

ラッキー♪

食品買い物代もアパートの大家さんから頂いてたお歳暮の商品券があり足りました♪  ヽ(´▽`)/大家さん、ありがとう♪(◎´∀`)ノ

何とか、心地よいお正月を迎えております(*^_^*)

今年もたくさんの人達に支えられなが生活して行き(生き)ます。人の縁は不思議♪みんなに感謝、人の優しさに感謝します♪私も精神対話士として、自分のできること微力ですが世の中に恩返しをして行きたいです(◎´∀`)ノ

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2009年1月 1日 (木)

精神対話士けいちゃん 一年を振り返ってと新年度の目標(^o^)~2008年の旅の振り返りと2009年の旅に向けて~

あけまして おめでとうございます。

いかがお過ごしでしょうか?

2008年も過ぎ終わってしまいました。2008年、世の中は秋から急激におかしくなりました。また、一年を通して、異常な殺人事件の多く悲しい年となりました。。。。

でも、私自身の一年を振り返ってみますと、とても充実した良い一年だったと思います。

2007年は、10月、11月、12月と悲しいことがたくさんありましたから。。。。

2008年は、身内の不幸もなく、特に身のまわりには悲しいことは起きませんでした。

それでは、2008年の旅を振り返ってみます♪

昨年(2008年)は、2月に福岡県に行き、第80回メンタルケアのスペシャリスト養成講座(実践課程)でロールプレイの講義の講師で、精神対話士選考試験で私の個人面接を担当してくださった福岡大学筑紫病院野島三千代 副看護部長様を訪ねました。

短い時間でしたが、野島先生に精神対話士に合格した事を報告(遅いですけども(*^_^*)合格したのは2007年8月でした)することができましたのと、昨年に石川県輪島へ行き震災にあった子ども達の心のケアとして「夢対話」に参加したことなどをお話ししました。先生は、お忙しかったですがお会いしてお話しする時間をもってくださいました。とても嬉しかったです♪

3月は、第4回東広島医療センターフォーラム市民公開講座「がん診療の最前線」に参加しました。そこで、東広島医療センター院長 相模浩二先生の講演「わたしもがん患者です」、全日本社会人落語協会副会長樋口強先生の特別講演「いのちの落語笑いは最高の抗がん剤」 二つの講演も聴きました。


4月は、広島で精神対話士の研修があり参加しました。そして、大阪会場での研修にも参加しました。

6月は、山口県周南市へ行きNPO法人 周南いのちを考える会 市民講演会「がんを知る~がんを知ることは、自分と大切な人を守ること」 東京大学附属病院准教授 緩和ケア診療部長 中川恵一 先生の講演を聴きに行きました。

9月は、第5回精神対話学会に参加しました。カメラ担当をさせて頂いたお陰で、小野寺敏先生や尾下義男先生達とお知り合いになれました。また、私が学生時代にお世話になったあしなが育英会の先生(元交通遺児育英会の先生)達と再会することができました

11月に入りますとまず、福岡での精神対話士の研修会に参加しました。そこで、ブログにコメントを残してくださってた新しく精神対話士になられたクリスマスローズさんともお会いすることができました(^o^)(財)メンタルケア協会の長木専務理事もお元気そうでした。

11月中旬は、再び山口県周南市へ行きNPO法人 周南いのちを考える会 市民講演会「傍らにいるということ」     ~ホスピスケアの本質~ 石垣 靖子先生(東札幌病院・前副院長兼看護部長)の講演に参加させて頂きました。そこで、NPO法人 周南いのちを考える会代表 前川 育様に少しの時間でしたが挨拶することができました(^o^)

11月下旬には、福岡県小倉に行き第10回西日本国際福祉機器展に行き小野寺敏先生と再会し「食育と心の発達」 精神対話士小野寺 敏氏(昭和薬科大学大学院准教授)先生の講演も聴くことができました。そして、小倉の新しく精神対話士になられた女性も講演を聴きに来られていてお友達になれ、小野寺敏先生を紹介することができました。また、講演の次の日は、福岡の精神対話士クリスマスローズさんとも再会でき、小野寺先生を交えて交流する時間をもてました♪

また、ブログを通して親しくお友達になってくださった人達もたくさんありました♪

12月末には、嬉しいメールが私の所に入りました(^o^)

それは、2007年夏 石川県輪島で震災の子どもたちの心のケア「夢対話」のため、輪島市児童センターに行きましたが、輪島市児童センター長からのメールでした。「この度、精神対話士に合格しました」という嬉しいお知らせメールでした。先生は、私のブログにたまたま精神対話士で検索して入ってこられ私の過去の記事に夢対話に参加した時の記事などを見られパソコンにメールをくださいました(◎´∀`)ノ

12月31日の夕方には長木専務理事からもお電話を頂きました♪

昨年は、精力的に動きました。人の輪が広がりました。私は思います。人は人生においてお金では買うことができない財産だと。。。。

昨年の念頭に一年間の目標をブログに書きましたが、見事に果たせたと思っています。これもたくさんの人達のおかげです。(◎´∀`)ノ

昨年で終わりでなく、今年も続けて行くことが大切なのです。下記が2008年の目標でした。

1 人との出会いを大切にする。(毎年思うことです(^_^;))

2 施設でのお年寄りとの対話をまとめる。

3 精神対話士をアピールすること

4 旅行に行く(国内です・・・ちょこちょこ行くのですがm(_ _)m)

5 精神対話学会や研修に参加する(論文も提出する言っちゃった(^^;)

心に言い聞かせること

常に、「人のおかげで今日の自分はあるのだ」ということを忘れず感謝する心を忘れない。

人を受け入れ、相手を想い、許す優しさ。

縁を大切にし、自分から切らないようにする。

すべてに感謝、ありがとうの気持ちを大切にする。

今年も継続して行きたいと思います。それにプラスアルファですヽ(´▽`)/

今年も人との出会いを縁を大切にして行きたいと思います。その事が、人生の基盤を作っているのだと思うのです。

あと、健康に気をつけて、日々をコツコツと前向きにプラス思考で生きたいものです。

どうか今年もよろしくお願いいたします。

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