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2007年6月30日 (土)

第4回精神対話学会

この秋、第4回精神対話学会が、東京の北里大学白金キャンパスで開催される。

昨年、秋に私も精神対話士に合格し、初めての学会参加である。

せっかく参加するのですから、研究論文も書いて見ました。。。。

研究論文といっても、私の場合は、日頃、精神対話士として心がけていることについて「職場でどのように生かしているか」等を書いてみました。。。。

論文締め切りが、6月29日(金)必着でした。。。。疲れました。送ったのは、27日の昼でした。(書留速達で)

今回の精神対話学会は、非常に大きな意味があると思います。

それは、メンタルケア協会が、本年1月10日付けで、文部科学大臣より財団法人の設立許可を載き、「財団法人メンタルケア協会」として新たにスタートして、今回の第4回精神対話学会が財団法人発足後初めての学会であり、特別な位置づけにあるということがいえるのではないでしょうか。

財団法人メンタルケア協会のホームページより抜粋しています。詳しいことは協会の方へお電話で確認してください。

財団法人メンタルケア協会後援 財団法人日本学術協力財団会員) 

精神対話学会について


平成5年10月の第1回メンタルケアのスペシャリスト養成講座開講を経て歩みを始めた精神対話士による心のケアの活動は、今日までに幾多の実績をあげ、広く社会から認知されるに至り、その趣旨と成果に対する期待も一段と高まってきております。
 この状況を踏まえ、精神対話士とその活動に関心を寄せられる方々とが集い、精神対話士の効用について究明し、理論構築を行うことを目的として、昨年に引き続いて「精神対話学会」を開催いたします。

 

☆ 学会の歴史
   第1回精神対話学会 平成16年12月12日(日)
   第2回精神対話学会 平成17年 9月17日(土) ・18日(日)
     第3回精神対話学会 平成18年 9月16日(土) ・17日(日)

     何れも北里大学白金キャンパスにおいて開催

第 4 回 精 神 対 話 学 会
 

テーマ ”Warm Heart Forever”

 

日程

平成19年9月15日(土)

 
   開会
   基調講演
   
   推奨論文賞発表
  受賞論文(研究分科会課題)発表
  研究会(シンポジウム・全体討論)

     終了後 懇親会
平成19年9月16日(日)  
  研究分科会
  研究分科会発表
  推奨論文賞表彰式

  閉会

会場
                     
北里大学白金キャンパス I号館 1階コンベンションホール
 東京都港区白金5-9-1 
参加対象

・精神対話士(正会員)
・精神対話士の活動に関心を寄せられる方(特別会員)

 

参加申込 ・精神対話士:「第4回精神対話学会参加申込書」(別項)に所定
 事項を記載し、Eメール、ファクス、郵送でお申込ください。
 申込書と引き換えに「参加証」をお送りします。
・精神対話士以外の方:学会の特別会員登録をした上で、お申込
 いただくことになります。手続きについては、メンタルケア協会
 内精神対話学会事務局あてお問合せください。
 なお、特別会員は、学会への研究論文投稿もできます。
 

 
参加費
・精神対話士 10,000円
・その他 (特別会員) 10,000円、他に登録料 3,000円
・懇親会参加費 3,000円

*事前の銀行振込または当日会場受付にてお支払いください。
  お振込先 三菱東京UFJ銀行  表参道支店  普通預金
       口座番号  2107735  精神対話学会
 振込期限 平成19年8月31日(金)

交通案内

◇都バス 

渋谷駅 ⇔  田町駅    (田87)「北里研究所前」   
渋谷駅 ⇔ 新橋駅    (都06)「天現寺橋」徒歩5分
渋谷駅 ⇔ 赤羽橋    (都06)「天現寺橋」徒歩5分        
品川駅 ⇔ 新宿駅西口(品97)「天現寺橋」徒歩5分

目黒駅 ⇔ 千駄ヶ谷駅(黒77)「恵比寿三丁目」徒歩5分
目黒駅 ⇔ 新橋駅    (橋86)「恵比寿三丁目」徒歩5分

◇地下鉄

日比谷線「広尾駅」(1・2番出口)徒歩10分
南北線・三田線「白金高輪駅」(3番出口)徒歩12分

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2007年6月24日 (日)

精神対話士けいちゃんの 花のメルヘン

 花は 何にも言わないけれど

 ただ そこに咲いているだけで

 回りの人達の心を和ませてくれる          

 これは、元 国立広島病院(東広島医療センター)名誉院長で現在 介護老人保健施設苑長として勤めている 鎌田 達 先生が私に話してくださる言葉のひとつです。(講演などでも話されます。)

「職場においても、職場以外でも、花のように、ただ存在しているだけで 周りの人達の心を和ませることのできる人間になりなさい・・・それが、メンタルケア・・・精神対話士ではないかなぁ?」と私に先生は教えてくださる。

その通りだと思う。

ただ、何にも言わなくてもその人がそこに居るだけで、その場の雰囲気が和むような人、素敵だと思う。

花のメルヘン

敏トシ作詞・作曲/昭和45年

「これはね、ママにきいたおはなしなの。
大きいお花と、小ちゃいお花がありました」

むかしむかしその昔 小さな川のほとりに
大きな花と小さな花が 並んで咲いていた
大きな花は美しい いつも楽しく唄う花
けれども小さな花は たった一人ぼっち
恋の陽
(ひ)ざし浴びて 二つの花は
春の想いに 胸をふくらませる
むかしむかしその昔 小さな川のほとりに
大きな花と小さな花が 並んで咲いていた

あの娘
(こ)もこの娘もこの俺(おれ)を ひとめ見ようとここに来る
生きてることの楽しさは おまえにゃわかるまい
大きな花さん聞いとくれ たとえ一人ぼっちでも
僕には心の太陽が いつもかがやいてる
愛の息吹
(いぶき)浴びて ふたつの花は
春の想いに 胸をふくらませる
むかしむかしその昔 小さな川のほとりに
大きな花と小さな花が 並んで咲いていた
並んで咲いていた 並んで咲いていた

だいそれたことはできないけど、小さくても一輪の野に咲く花でも十分なので、ほんの少しでも、お年寄りが、いやこれから出会う人達のほんの一握りの人で良いので、「あなたに会えて良かった」と思って頂けたら嬉しいですね♪

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2007年6月21日 (木)

こんなにそばに居るのに~ZARD~

こんばんは。今なぜか、ZARDの「こんなにそばに居るのに」が聴きたくなって載せました。

ZARDの曲は詩が好きですが、この曲はリズムテンポも好きです。「カラオケで歌いたい」と覚えた歌でした。。。。

これは、恋愛の歌と思うのですが、私は立ち向かうというか、元気をもらう歌として聴いてました。。。

「・・・偶然がまるで 運命に思えた~」「・・・どんな悲しいウワサも 吹き飛

ぶような一途な瞳を信じてた~」 の詩の部分が特に好きで、色々な人との出会い

のことを思ったり、 逆境に負けないはね返すような強さ、自分でかってに解釈しているのですが。。。。

何故か、この曲が聴きたくて載せてしまいました。素敵な歌だと思います。

坂井 泉水様のご冥福をお祈りします)

こんなにそばに居るのに(本人の画像と歌が流れます)

作詞 坂井 泉水
作曲 栗林 誠一郎
唄 ZARD



Summer night 何台も車見送って
途切れた隙に Good night kiss
偶然がまるで 運命に思えたあの頃
グラスの氷が カラカラ 揺れてる
いつものレストランで
昔を懐しむのは きっと二人
話題が見つからないせい!?
あの時 時間が止まったままなら…
遠回りはしなかった

こんなにそばに居るのに
黙らないで Lovin' you
出合った頃のように 熱く激しく
あなたの汗 感じてる
真夏のように Hold me tight
この手を 放さないで
この愛 つかまえていて

Summer love めざす夢は違ってたけど
好きになれば 未来も変わる
どんな悲しいウワサも 吹き飛ぶような
一途な瞳を信じてた
今は まるで迷い道の中
二人は出口 探してる

こんなにそばに居るのに
眠らないで Lovin' you
友達より遠く感じるのよ
離れていく心に アクセル強く Ride away
震えるほど 見つめて
もう一度 始めてみたい…

こんなにそばに居るのに
黙らないで Lovin' you
出合った頃のように 熱く激しく
あなたの汗 感じてる
真夏のように Hold me tight
この手を 放さないで
この愛 つかまえていて

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2007年6月19日 (火)

日本一短い「母」への手紙 一筆啓上

こんにちは。

日本一短い「母」への手紙 一筆啓上  福井県丸岡町(角川文庫)

の単庫本に出会ったのはもう10年位前の事。

この本を施設のお年寄りにみせると、喜んで読まれる。特に、認知症のお年寄りに人気がある。ある人は、1時間あまりで読み終えられる。その後、涙される人もいる。

それは、短い文面の中に思いがそれどれに込められているからだとおもう。

本の中からいくつかの詩を紹介します。

母さん、あの時のように迎えにきてください。

林の中に迷いこみ、道を失いました。   丸山 優子(岩手県)

                                                                

母さん生きていて!

私は古稀、命ある限り捜します。

現世で一目逢いたい。         須藤 柳子(千葉県)

おふくろ、死ぬなよ。

いいと言うまで死ぬなよ。

親孝行が全部終わるまで死ぬなよ。  成田 康祐(大阪府)

世界には沢山の人がいるけど、

私とお母さんは出会ったんだね。本当によかったね。 

                        吉倉 亜紀子(北海道)

父上よりも母上よりも長く生きました。

そろそろおそばへ呼んでくださらぬか。      

                        岡本 純治(福井県)

話せなくてもいい 寝たきりでもいい

生きていてくれるだけで ホッカホカなんだ    

                       冬木 まこと(岐阜県)

 

母上、御安心を、今日佐世保に上陸。

千人針に守られて五体満足。もうすぐ おそばへ

                        長谷川 盛雄(福井県)

会いたいな かあさん 会いたい 幼い日の儘 きれい

私は年老いました 驚かないで           

                        櫻井 信夫(栃木県)

まだまだ、素敵な詩がたくさんあります。読んでいると熱いものが込み上げてきます。

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2007年6月16日 (土)

精神対話士けいちゃんのゆっくり ゆっくり

ゆっくりゆっくり

歩きたくなったら 歩きたいだけ
歩けばいいんだよ

泣きたくなったら 泣きたい分だけ
泣けばいいんだよ

休みたくなったら 動きたくなるまで
休めばいいんだよ

笑いたくなったら 笑いたいときだけ
笑えばいいんだよ

何もしなくてもいいんだよ 何かしたくなるまで
何もしなくてもいいんだよ



ゆっくり ゆっくり

時間をかけていいんだよ

なかなか、良い詩でしょう。。。。前に見た事があって、施設でもお年寄りに話したりします。 みんな、微笑んでくれます。。。あせらなくて良いのです。マイペースで生(行)きましょう。

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死んだらどこに心(魂)は行くの?

この前も 入所のお年寄りが病院に運ばれて亡くなられた。

その都度、私は心が痛む、悲しくなる・・・・。

死んだらどこに、心(魂)は行くのだろうか?

お墓? 

先日、韓国の留学生が、「肉体は無くなっても、心はそれぞれの心の中で生きていると思う」と言われた方がいた。

実は、私も同じように思う。私は、父を亡くしているが、心の中で父を思うといつも父の顔が浮かんでくる。私の心の中に姿を現してくれる

ただ、父の顔は、亡くなった当時のまんまで、年を取っていない・・・・

施設で働き始めて、多くのお年寄りが病院に運ばれて亡くなられているが、会話した内容などが、その人達を思うたびにそれぞれの人達の顔などが、私の心に現れてくる。。。

色々と考えたら難しいです・・・・でも、考えることは大切なことだと思うんです。

こんな事を考える事は変なのだろうか?

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2007年6月13日 (水)

怒る と 叱る の違い

この前、「PHP」の5月臨時増刊号を読んでいると、田山敏雄さんという方の記事が目に

付いた

 人を導くなら、

     怒らず叱るべきである

怒る」行為には、計算もおもいやりもない。「叱る」行為には、私を本気で思いやるやさしさが感じとてた。

人を指導するためには、怒ってはいけない。命がけで叱らなければならない。

                                          (本文抜粋)

私も、以前公務員をしていた時に朝礼で怒る の違いについて課長が話されたのを聴いたことがある。

怒る」行為では、人が育たない・・・反感をかう。愛がない。でも、「叱る」行為は、愛がある。それは、その人間をよりよい方向に向かわせてやろうと、本気で、一生懸命にその人間の事を思い、叱るからである

最近は、叱ってくれる人がなかなかいない・・・・身近では、自分のことを思って助言してくれるのは、私を息子のように可愛がってくださる 鎌田 達 先生 です。

しん(心)から、本気で、お互いがお互いの事を思い、時には喧嘩しても良いので、なんでも言いあえる人が欲しいものです。

でも、難しいね。。。。  

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2007年6月10日 (日)

「雨ニモマケズ」 ~宮沢賢治~

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラツテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジヨウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ陰ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ツテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハ

ナリタイ

【宮沢賢治】

宮沢賢治

[1896-1933]

作家。農業技術指導、レコードコンサートの開催などの活動をし、農民の生活向上を目指す。「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」などの著書がある。

この詩に書かれてある内容の、どれか1つだけで良いので、書かれてある事のできる そういうものになりたいものです。。。。。

 

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2007年6月 8日 (金)

言葉の重さ

先日、私に鎌田 達先生が、次のようなお話をしてくださった。

先生は、年老いた自分のお母様を家で最後まで見られたそうです。お母様は、認知症もあったそうです。

ある時、先生が、トイレに行かせるのに、お母様をおんぶされたそうです。その時、先生が、「お母さん、重たいんだね」と何にも思わず言われたそうです。すると、先生のお母様は、次の日から、食事を食べなくなったそうです。

それには、先生も参ったそうです。「どうして今まで食べてたのに、急にどうしたのだろう?」と先生達は思われたそうです。そして、鎌田先生は、「あっ。。。」と気づかれたそうです。

お母様は、「息子が、(私を)トイレに連れて行ってくれたり、お風呂に連れて行ってくれる時、(私が)重たかったら息子の負担になる、体重が減ったら軽くなり息子の負担が少なくなる」と考えられたのです。お母様は、認知症があるけれど、「息子を思う気持ち」は病気になっても持っているのです。

私達は、日頃の生活の中で職場で、職場以外の生活の中で色々な人と関わり、会話をしています。何気ない一言が、(そんな気は無くても)知らないうちに相手の心を傷つけていたり、逆に喜ばせていたりすることがあります。

たかが 言葉 されど 言葉。  一言の言葉でその人の運命をも左右してしまいかねない言葉。 言葉一つにしても、相手に与える言葉の重さを考えながら話す必要がある事を改めて考えさせられた。

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2007年6月 5日 (火)

心を磨くとはどうすること?

昨日、施設のお年寄りに、

心を一朝一夕で磨くわけにはいかない。

人間の成長とは簡潔に言えば、心を磨き

続けるということである。

 の

文書を読んでもらい、質問をする。心を磨くとはどういう風にして磨くんじゃろう・・・と。

心を磨くとは・・・他人に自分の悪いところを聴いて、それを直すようにすること(一般棟 Aさん)

心を磨くとは・・・風呂に入って磨くことじゃない(笑)難しいのう (認知症の棟Bさん)

心を磨くとは・・・自分の心を修養することである           (認知症の棟Cさん)                               

心を磨くとは・・・何でも正直にすることだけが、磨くということでは無い。人様のお話や本を読んだり実際に自分の目で見たりして磨いて行く。自分のものにして行くこと。              (認知症の棟Dさん、Eさん)                                     

心を磨くとは・・・あなたが、やっていること。いつも心がけること。何かないかと考えてアンテナをたてて行動すること(一般棟 Fさん)                                                 

心を磨くとは・・・文書の通り・・・心ではわかっていても難しい 。(認知症の棟Gさん)                                                                      

文章を読んだ反響は良かった。ほとんどの入所者が喜んでくださる。また、真剣に、一生懸命に「心を磨くとは」と考えてくださり、話がそこから色々と発展していった。

「その共に考えること、その行為が心を磨くことになっているのだろうか」とふと思いました。

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2007年6月 4日 (月)

心を磨くとは・・・。

先日、本を読んでたら、次のように書いてありました。(誰が言ったか忘れました)

心を一朝一夕で磨くわけにはいかない。

人間の成長とは簡潔に言えば、心を磨き

続けるということである。   

これまた、大変だ~。「継続は力なり」とあるけれど・・・簡単に見えて

私は、休みながら、ゆっくり、ゆっくり、マイペースでもよいから成長

できたら良いなぁ。

でも、人間の成長=心を磨き続けることなら心を磨くとは、何なのだろう・・・。

言葉ではわかっているようで、良くわかっていない。

さて、今日からまた、新たな一週間が始まる。私は、仕事を通して、今の施設

の入所のお年寄りから心を学ばせて頂いている。今日、質問して見ましょう。

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2007年6月 2日 (土)

入所者からの嬉しい一言

昨日、施設での出来事です。

9時からリハビリ室を開けるのですが、もう、オープン前からリハビリ室の前は、入所者が並んでいて、混雑してます。みんな、目当ては、ホットパックです。これを腰や背中にすると気持ち良い。私でも、「冬は気持ちよいだろうなぁ」と思う。

あと、することが特になくて、「行くところがないから訓練室に。」という人もいる。日々、することが無く退屈なのである。

さて、そんな中、訓練室に珍しく来てくれた入所の方がいる。

まず、私を見るなり、「あんたを見ると元気になる」であった。それも、満面の笑みで。

職員としては、これ程の嬉しい褒め言葉はない。心から嬉しい。

そして、私に握手を求めてくる。

いつも、私が、ホールやリハビリ室にいる入所者にしていることである。

私は、出会う入所のお年寄りには、(いやがる人を除いて。)みんなに手をさすってあげたり、足をさすってあげたりする。ほとんどの入所のお年寄りは笑顔で喜び、人によっては、私の手をさすってくださる。

家の者にも悪い足をさすってもらったことが無い・・・もったいない。」と手をあわせて喜びを表現してくださる人もいる。

私は、手をさすったり、握手したり、入所者とすれ違う時も、「元気?」と言いながら笑顔で、ちょこっと肩をさすったりしながら移動しているので、延べでいうと一日に少なくとも100回以上非言語的コミュニケーションを自然に行っている。その後、決まって入所のお年寄りは、満面の笑みで、「ありがとう」といってくれる。

ここでは、私のようにこんなに手をさすってあげる職員はいない。(他の施設はどうなのだろう。)

私は、精神対話士。

精神対話士は精神科医や臨床心理士のように医療的手法や精神療法などを用いてクライアントを治療するものではありません。精神対話士はクライアントのそばにいて、クライアントの体験を聴き、そして、クライアントの感情に共感します。クライアントの話を聴いてクライアントに安らぎを与えることが精神対話士の役割なのです。                 (精神対話士ハンドブック)より。

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