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2007年5月30日 (水)

精神対話士けいちゃんのしあわせ八変化

ずいぶん前、知り合いの家に遊びにいった時に壁にあった言葉を思い出して載せてみました。

なかなか、素敵な言葉だと思いませんか?

相手の変化を求める前に、まず、自分自身を振り返り自分自身の意識や行動をきちんとすること大切ですよね。

でも、難しい・・・自分が悪いのに、どうしても人間て、「あの人がと相手を悪く思ってしまう事がある・・・。気をつけないといけんですね。

しあわせ八変化

自分が変われば 相手が変わる

相手が変われば 心が変わる

心が変われば  言葉が変わる

言葉が変われば 態度が変わる

態度が変われば 習慣が変わる

習慣が変われば 運が変わる

運が変われば  人生が変わる

  いま幸せな人は

   そのままでいいんです。

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2007年5月27日 (日)

すべては光る ~坂村 真民~

                   すべては光る



                           光る

                           光る

                        すべては光る


                        光らないものは


                        ひとつとしてない


                           みずから


                        光らないものは


                            他から


                          光を受けて


                            光る

                

                        詩人 坂村 真民

今日、板村真民 先生のこの歌とであった。今の自分のことをいわれているように感じた。

私自身は、なんの取り柄もなく、光っていないが、周りの人や私を見守ってくださってくれている人たちが、「光らせてやろう」と力をくださっている。嬉しいです。

本当、この歌の通りだと思う。みんな、みんなが、それぞれの人生があり、それぞれの人生の主人公。若者も老人も子供も障害のある人も花も鳥もこの星の全てのものは、それぞれなりに光っていて、毎日を一生懸命に生きているのだと感じました

                   

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2007年5月24日 (木)

介護・看護を職としようとしている君たちへ

今日は、ある看護師の人から頂いた文章のコピーの紹介です。

看護の日(5月12日)にどこかで聴かれたのでしょうか・・・よくわからないです。しかし、書いてある内容は介護・看護の人達に限定されるものでは無くて、医療・福祉の分野で働こうとしている全ての人に言えることではないでしょうか。

昨年、精神対話士になるための、メンタルケアの講義の中でも、これから紹介する文書と同じような事を話されていた講師の先生がおられたように感じます。おそらく、精神対話士になる人はその事を自然に分かっている人のように感じます。本当に大事な事ですので、肝に銘じて読まれることを勧めます。

          介護・看護を職としようとしている君たちへ

皆さんはこれから、研修で(そして実地で)さまざまな患者さん・障害者の方と接することになるのですが、当然のこととして教科書に書いてある病気・障害がそこにあるのではなく、まず、「悩んでいる人間がそこに在る」ということを深く感じてほしいのです。

 このことは実際には、かなり難しい心構えが必要ですし、不得意なことかも知れません。

 しかし、名をなした君たちの先輩は、一生の仕事の方向づけを初期の患者さん・障害者の方との人間的な交流の中から得ていることに注意してください。

 それは感受性の生き生きしている時期にのみ許される人格的反応であって医療・福祉の仕事をしていく上で、どうしても必要なインパクトです。この時期に数値や技術のみに目を奪われ単なる職人になることは、あなたの人間としての大きな宝を見失うことになるでしょう。

 また、表面的なことに思われるかも知れませんが、服装や言葉使いに気をつけて下さい。

どんな雰囲気の時に、人が自分の不安や悩みを打ち明けるかということを想像してみて下さい

暖かみのある人間性豊かな介護職・看護職をめざして下さい。

                                    看護の日にあたり

                              (引地義昭Drの文章より改変)

これは、介護・看護の人だけのように書いてありますが、リハビリスタッフやすべての医療・福祉分野の人に言えると思います。恥ずかしい話、私の職場にも知識のみのような人がいます。今、リハビリに実習生の方がこられていますが、おそらく技術や方法などしか話していないと思います。技術は、仕事を始めてからでもいくらでも学べます。

大切なのは、患者や入所者の心の痛みを聴くことなんです。そして、その痛みをクライアントとわかちあい、少しでも心の痛みを和らげて、元気を持ってもらうことだと思うのです。

クライアントが自分と出会って元気になったりしてくれることを私達は喜びと感じ、そこから私達も多くの元気の源を頂くのです。以前にも話しましたが、話を聴かせて頂くことで、多くの事をクライアントから学ばせて頂いているのです。そして、クライアントから逆に元気を私達が頂いているのです。

これは余談ではあるのですが、私は、公務員の時、新人の時に、「仕事の方法ややり方は、仕事なのだから、行っているうちに少しずつ覚えていく。そんなことより、今は社会人としてのルール、時間に遅れない。約束を守る。きちんとした挨拶・・・どこに出ても恥ずかしくない社会人になるように・・・・」と言われた事があります。

どこの分野でも通用する大切なことのようです。

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2007年5月20日 (日)

つもりちがい十ヶ条

人は、いつでも、「今日があるのは、多くの人のお陰である事、何に対しても感謝する気持ちを忘れてはいけない。」 時として人間は、「世の中の何の力も借りないで自分だけの力で生きて来た」と勘違いをすることがあるようです。

そして、いつの間にか、傲慢な態度や言葉使いをしたりして、何でも素直に純粋な心で人の意見や言葉に耳を傾けていた謙虚な心を持った昔の自分がいなくなっている。

知らず知らずのうちに、反省したり、自分を振り返る事を忘れてしまう。

     

             つもりちがい十ヶ条

        一、    高いつもりで低いのが教養

      二、   低いつもりで高いのが気位

      三、   深いつもりで浅いのが知識

      四、    浅いつもりで深いのが欲望

      五、   厚いつもりで薄いのが人情

      六、    薄いつもりで厚いのが面皮

            七、    強いつもりで弱いのが根性

       八、    弱いつもりで強いのが自我

      九、    多いつもりで少ないのが分別

       十、    少ないつもりで多いのが無駄

   

     

             

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2007年5月16日 (水)

精神対話士になるきっかけ

わたしが、メンタルケアのスペシャリストを受講するきっかけとなった、ある入所者との対話。

もう、年だから、特に何がしたいもない。話を聴いてくれたら嬉しい。そうよのうわしらあ、訓練(リハビリ)するよりあんたのように、優しく手や足をさすってくれて、話を聴いてくれるのがいい・・・色々な人間(職員)がいる。誰にでも話せるわけではない。                               

                                    (6月の対話より) 

                                                                                                              「最近は動くのもしんどい。訓練してもこれ以上よくならない。いつまでこんな生活が続くのか・・・」と私に思いを話してくださる。私が、手や足をさすりながら最近のニュースや日本の情勢について話をしてあげると興味深く話を聞かれ、最期に、「話をしてくれてありがとう」と私に言ってくださる。                  

                                      (12月の対話より)

上記の対話は、私が現在勤めている施設で、私が対話をした入所者との内容です。

この入所者は、私と対話をした一週間後に病院に運ばれて2日後に亡くなられました。癌でした。一昨年の12月のことです。まだ、私は精神対話士の資格を取ってませんでした。年が明け、2月からメンタルケアの講習に行きます。その、きっかけの一つとなったのがこの対話です。

リハビリは大切です。でも、どうなんだろう・・・死が間近の人にとっての訓練・・・疑問でした。(本人は、癌をしりませんでしたが。)

年老いて余命が短い人に訓練とは・・・私は、無学で無知ですので、よくわかりません。ただ、対話をして、「その人達の人生を聴かせてもらうと大変喜ばれる」ということは、良くわかってきました。

また、これは別の入所者との対話です。私が、3年前に施設に入った頃に対話した入所者との対話です。

この入所者は、ホットパックとかしたり、プーリーといって手の運動をしたり歩行訓練をされている人でした。私は、リハビリ助手なので作業療法士の先生が言われるように準備したりするだけですが、数ヶ月もすれば、誰が何の訓練をするかわかって来ます。入所者のお名前もわかってきます。

少し話はそれますが、施設に就職して、すぐから私は、見知らぬ入所者に握手したり、足をさすってあげたり手をさすってあげることが違和感なく自然に行えていた事を記載しときます。別に福祉の大学や学部を出たわけでは無く、学校でお年寄りの接し方について学んだわけでもありません。誰からも、「そのように接しなさい」と教えてもらったわけでもありません。こんなことをする人は施設にまずいません。今でも入所者に握手して歩いたり肩や手を日々さすって歩くのは、私が一番多いと思います。もしかしたら私だけかもしれません。でも、ほとんどの入所者は喜んでくださるのです。

さて、話を元にもどします。その入所の方が、「もう死にたい・・・生きていても仕方がない・・・」とよく言ってました。私は、専門的なことは知りませんし、わからないのですが、お話は一生懸命に聴かせてもらいました。もちろん、手をさすりながら・・・ただ、この人に話したのは、「あのね・・・仏様がよう頑張った、もうわしの所においで と言うまではまだ生きんといけんのだと思うよ。若い者にもっといろいろ教えてやってくれ・・・と仏様が言いよってんよ。」と私が優しく言うと、その入所者は、私の手をさすりながら、「ありがとう」優しく微笑みながら言ってくださいました。

この入所者も亡くなられました。「あれ・・・訓練しても死ぬ・・・良くならない・・・対話したら喜ばれる・・・あれ・・・」と

疑問がわいてくるわけです。「何故、みんな対話しないの?さぼってるようにみられてるけど、さぼってるわけでは無い。大切なことなのでは・・・・」と思うようになって来ました。

そうしていたら、新聞でメンタルケア協会のメンタルケアのスペシャリスト養成講座(精神対話士への登竜門)というのを見ました。

私が、やってることの確認をしたくてメンタルケアの受講をしたのです。

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2007年5月13日 (日)

母の日~ありがとうの気持ちを込めて~

今日は母の日なので、昨日、母にお菓子を送った。

最近、会ったのは3年前・・・。

手紙は時々くれる。最近では、ちょっとした小包を送ってくれる・・・・ありがたい。

ごめんね・・・お母さん。仕事は頑張ってる。以前の手紙にも書いたけれど、入所のお年寄りには、自分でいうのはおかしいけど、人気があり慕われているよ。それと、精神対話士というなかなか難しい資格も取得したよ。

鎌田 先生をはじめ、色々な人に支えられ、可愛がって頂きながら頑張っています。嬉しいです。

この前、お彼岸には、お父さんの墓参りに行ってきましたよ。いつも、お墓がきれいにしてありますね。「お母さんが、しているのかな 」と思いました。

お父さんが亡くなって25年になりますね。お母さんは、えらいね・・・ひとりで2人の子供を学校にやり育てたのですものね。

いつの間にか、70を過ぎてしまったね・・・。施設に勤めているからか、入所者を見ていてお母さんのことが頭をよぎり考えることがあります。

ごめんね・・・今も心配をかけてます。

母の日に私の感謝の気持ちを送りますね。お菓子は、仏様に供えてもすぐに食べてくださいね。いつまでも、年齢より若くてきれいな凛としているお母さんでいてください。お願いします。 

ありがとう おかあさん。

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いくつになっても心に冒険を~夢冒険~

いくつになっても心に冒険を持って、単調な日々であっても、その中から生き甲斐や楽しみを見出して精一杯に毎日を生きていくこと大切ですよね。

先日、施設のお年寄りとの話です。

私が、坂村 真民の詩を見せると、「まあ、素晴らしい詩・・・いつも心に響く、熱くなる言葉をありがとう・・・とっても嬉しい・・・私らも、もう年で残り少ない余命だけど、何かを一生懸命に考えながら生きなくてはいけない・・・あなたは、まだ若い・・・若いのに、色々な詩や心を鍛錬するような事を勉強しようられる。大切なことなのよ。ボーっと日々を過ごしては駄目・・・その日が楽しければいい・・・そのような考えでは駄目よ・・・あなたが、このような詩とか素敵な言葉のプリントを見せて話をしてくれたり、私達の昔の話を一生懸命に聴いてくれるそれが、楽しみになってる。嬉しい・・・」と話してくださる。

ふと、酒井 法子さんが歌った「夢冒険」が頭を過ぎった。

元気のでる・・・勇気が湧いてくる歌だと思います。焦ることなく、あきらめることなく、自分のペースでゆっくり少しずつ前進していったら良いと思うのです。

私は、入所のお年寄りにいいます。リハビリするとき、「マイペース、マイペースよ・・・ゆっくり、ゆっくりでいいんよ。あせって訓練して歩いても仕方がない。運動会にでるわけではないんだから・・・しんどい時は、いくらリハビリに連れてこられてもしなくて良いよ・・・元気になったらしたら良いのだから」と言うとほとんどのお年寄りは、うなずき、「そうよね・・・本当よね・・・ありがとう」と笑顔で応えてくれる

 「夢冒険」をクイックすると歌が流れます。酒井法子の若いときの画像も楽しめます。

夢冒険     
作詞・森 浩美/作曲・西木 栄二/編曲・中村 暢之

心に冒険を 夢を抱きしめたくて
そんな君の傍 見守ってたい

枯れた芝生寝ころんで 夕日を胸に吸い込む
愛情するよりこんなとき 友情したい・・・

  微笑むそのたびに 夢だけを数える
  横顔 しっかり灼きつける

  いつでも・・・
  心に冒険を 夢が聴こえるよネ
  自分の速度で 近づけばいいよネ
  心に冒険を 夢を抱きしめたくて
  そんな君の傍 見守ってたい

コンクリートの落書きは やりたいことでいっぱい
カバンの中の何よりも 大切なもの・・・

  駆け出すその後 風の中ついてく
  輝く気持ちを 読みとるよ

  誰より・・・
  心に冒険を お願いそのままで
クールな逃げ道 つくったら嫌いさ
  心に冒険を 夢を止めないでいて
  そんな君だから 大好きになる

  心に冒険を 夢が聴こえるよネ
  自分の速度で 近づけばいいよネ
  心に冒険を 夢を抱きしめたくて
  そんな君の傍 見守ってたい
  見守ってたい

精神対話士はいつでも、クライアントの側にいて寄り添い、クライアントと共にクライアントの夢を・・・しています。いつでも、温かく見守っています

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2007年5月11日 (金)

二度とない人生だから~坂村 真民~

本日も、前回に次いで 坂村 真民 先生の詩を載せます。私が、先生の事を知ったのは、ほんの数日前で、もうお亡くなりになられているのですが、ひょんな事から、坂村先生の詩をみて感動し、私を良くしてくださっている、東広島医療センター名誉院長で現在は介護老人保健施設 靜寿苑 苑長 鎌田 達 先生 に坂村先生の詩の事を話したところ鎌田 先生は、国立病院院長時代、坂村 真民先生に愛媛県の実家まで会いに行かれ、会ってお話をされたことを鎌田先生から聞き驚きました。鎌田先生も思い出され真民先生の写真などを私に見せてくださいました。人の縁といいますか・・・すごく不思議に思いました。

この詩もすごい良い詩です。

【  二度とない人生だから  】
 
二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけてゆこう
二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないように
こころしてゆこう
どんなにか
よろこぶことだろう
二度とない人生だから
一ぺんでも多く
便りをしよう
返事は必ず
書くことにしよう
二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう
二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう
二度とない人生だから
のぼる日 しずむ日
まるい月 かけてゆく月
四季それぞれの
星々の光にふれて
わがこころを
あらいきよめてゆこう
二度とない人生だから
戦争のない世の
実現に努力し
そういう詩を
一遍でも多く
作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる
若い人たちのために
この大願を
書きつづけてゆこう

一日、一日を大切にしがら、どんな事でも一生懸命に取り組み最善を尽くし、悔いのないように精一杯生きる大切さやどこに、どんな縁があるか分からない・・・小さい縁でも、何かの理由があり、出会っているのだから、無駄にしないで、人との出会いや色々な物との出会いも大切にしないといけないと改めて感じました。

精神対話士にも通ずるところがあるように感じました。

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2007年5月 7日 (月)

何かをしよう~坂村 真民~

数時間前にこの詩に出会って、素直に感動しました。

          「何かをしよう」

          何かをしよう

       みんなの人のためになる

       何かをしよう

       よく考えたら自分の体に合った

       何かがあるはずだ

       弱い人は弱いなりに  

       老いた人は老いた人なりに

       何かがあるはずだ

       生かされて生きている御恩がえしに

       小さいことでもいい

       自分にできるものをさがして

       何かをしよう

       一年草でも

       あんなに美しい花をつけて

       終わってゆくではないか

       詩人 坂村 真民

これは、人間にとって永遠のテーマなのかもしれない・・・模索している間に年老いて、自分の一生を終えてしまうのだろうか・・・

人には、生涯の中で、それぞれにやることが、決まっていて(それが、大きいこと、小さいことかは別にして)それを、見つけてできるか、見つけることができずにそのまま一生を終えるかなのだろうか・・・。

でも、小さいことでも、継続して何かをすることは難しい。 

私には、ただ、ただ、寄り添い人の話を聴くしかできない。でも、そのことで、みんなが、少しでも、元気になって明るい笑顔をみせてくださったらうれしい。

施設で、入所のお年寄りに紹介しよう。きっと、私と同じように、いや、それ以上に喜んでくださると思う。

             

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2007年5月 4日 (金)

マザー・テレサ~愛と祈りのことば~より

年老いた人々は、自分たちの話に耳を傾けてくれる人々を求めています。老人の話を聞くことを主な仕事にしている共働者たちのグループがいくつかあります。

この人々は一般的な家庭、特に老いたる人々の家を訪ね、その傍らに腰掛け、話に耳を傾け、満足のいくまでいくらでも話させるのです

繰り返して申しますが、他の人にしたらたわいもないことでしかないのですが、年寄り自身にとっては大切な昔のことを聞いてもらうことが、大きな喜びなのです

聞いてくれる人を持たない人の話を聞いてあげるのは、すばらしいことです

マザー・テレサ ~と祈りのことば~PHP文庫P163~P164 (渡辺 和子 訳)

マザー・テレサは、その生涯を神への信仰と貧者の救済に捧げた人です。

先日、本屋で、この本が目につき、思わず買ってしまいました。

本の中で上記の本文抜粋のように 、「年寄り自身にとっては大切な昔のことを聞いてもらうことが、大きな喜びなのです聞いてくれる人を持たない人の話を聞いてあげるのは、すばらしいことです。」と言っておられます。

まさしく、精神対話士のこころのケアメンタルケア)がいかに大切であるかを述べているのだと感じました。このような偉大な人が言われていることに驚いたのと、嬉しかった。

この本を読んだ事で、「私が日頃、施設で働き初めてから入所のお年寄りに対して行っている対話や人生の話を聴かせてもらっていることは間違っていないのだ」という事がわかりました。それどころか、すばらしいこと のようです。

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