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2007年4月30日 (月)

あしなが学生募金~あしながおじさんの無償の愛~

先日、街に出るとたくさんの高校生や大学の学生が街頭に募金箱を持って立っている姿をみかけた。

あしなが学生募金である。

なつかし・・・もう、21年前になるだろうか、

私も、高校1年の時ひき逃げで父を失い交通遺児になった。

私も街頭で「交通遺児育英募金にご協力、よろしくお願いします・・・」と言いながら、交通遺児の実態を訴えていた。とにかく、一生懸命だった。声がガラガラになるまで、朝から夕方5時頃まで訴え続けた・・・。でも、楽しかった。たくさんの人から温かい言葉を頂き嬉しくて涙が溢れた・・・たくさんの人に無償の愛を頂いた。

当時は、「災害遺児にも進学の夢を」と交通遺児の恩返し運動も盛んに行われた。今では、交通・災害・震災・病気・海外・世界中の遺児を仲間、一つとして救おうとしている。

たくさんの人達の無償の愛をうけている・・・

うれしい。街頭で学生が一生懸命に訴えている姿を見ると思わず熱いものが込み上げてきて、涙がでる。

私たちが学生の時もそうですが、熱く語る事が、一生懸命に何かに打ち込む事が若者の中では、「アホらしく、ザサイ、自分には関係ないや・・・そんなんするなら楽しく遊んだ方がいい・・・」の人間が多かった。

でも、交通遺児の活動に参加して絶対に損はない。今、しんどいだろう、苦しいだろう・・・

でも、就職活動の時、社会に出てから、大きな差が出てます。4年間、勉強だけして、オール優も良いでしょう。資格を取って就職するも良いでしょう。

医療の病院とかは別かもしれませんが、公務員(面接試験)の時や大手企業を受ける時には、自己ピーアールになります。氷河期の時代にこそ力を発揮します。

大学4年間で、片親でも決して両親がいる人達に負けない力をつけれます。お父さん、お母さんがいなくて、話たいのに相談ができない寂しさたくさんあると思います。でも、決して一人ではないのです。あしながファミリーはたくさん世に出て頑張っているのです。

今を頑張ってください。苦しさの後には幸せが待っています

私も、精神対話士の資格を昨年に取得し心の寂しい人の悩みなど聴かせてもらってる。おそらく、あしなが育英会の活動をしていて、傾聴や寄り添うとかが、言葉は知らなかったけどいつの間にか身に付いていたのだと思う。

あしなが育英会ホームページから抜粋

 あしなが育英会の「遺児と共に歩む」運動は、1967年に始まりました。遺児を思い、共感くださった「あしながさん」の無償の愛で、約6万人もの遺児が進学の夢をかなえました。しかし今、所得と教育の二極化の中、就職もできない、進学もできない遺児が急激に増えています。あしなが運動史上の中で、最大の危機に直面しています。そこで遺児大学進学の最後の砦「あしなが心塾」建設を全力投球ですすめています。『もう待った無し』の遺児高校生にとって、首都圏の私大へ親からの仕送りゼロで進学できる環境こそ、今一番求められているものです。礼儀・挨拶を重視し、厳しいカリキュラムで遺児を自立させる『人づくりの塾』です。
 遺児の心を癒す「あしながレインボーハウス」も心塾と併設します。高校生・専門学校生・大学生らの「つどい」も全力投球していきます。阪神大震災遺児の『恩返し』の思いから始まった「国際的な遺児の連帯」活動も、世界中へと広がっています。

 

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2007年4月29日 (日)

心のケアの専門職 精神対話士

人はみな、生きていたら、嬉しいこと、楽しいこと 寂しさ、悲しみに出会う・・・。

そんな時、誰かそばにいてほしいと思う。

Photo_2

                            

『いのちを癒す「心のとまり木」 心のケアの専門職精神対話士という仕事』
メンタルケア協会編 小此木啓吾監修 ベストセラーズより2003.1.8発行
  本を開けるとまえがきより初めに次の言葉が書いてある。  

・・・・たった一人でもよいから、

なんでも自分の思っていることを率直に話せる相手がいてくれたら、

どんなにありがたいことだろう・・・・

              フローレンス・ナイチンゲール    

対話によってもつれた心の糸を解きほぐす「聴く技術」のスペシャリスト精神対話士。
「対話」が求められている現状、精神対話士の活動、精神対話士になるにはどうしたら
よいのかなどを解説しています。
今、真心の「対話」が求められている(話すだけで悩む心が癒される心の羽
が休まる「とまり木」とは
明日への「生きがい」を取り戻すために(かけ違った心のボタンを外す
「北風」よりも「太陽」が心を開く
心の声を聴く精神対話士の活動(高校生から主婦まで、さまざまな精神対話士、
心を開くにふさわしい人
さらに広がる精神対話士の「現場」、介護保険制度がカバーできない「心のケア」
医療現場での精神的なサポート
精神対話士になるには二つの養成講座を受講、基礎課程でメンタルケアのスペシャ
リストに。
ためになる本です。難しいことは書いてありません。
誰もが読んだ方が良いと感じました。特に福祉分野の人、医療分野の人です。
こんなの 当たり前のことよ・・・ふん・・・」と鼻で笑う人もいるかもしれません
では、そんな人は、本に書いてある事を現場で実行してください。社会で実行し
てください。
自分の利益やただ単に仕事だから仕方なくするのではなく、心から無償の愛
世の中の弱者温かく包み込んであげてください。お願いです。

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精神対話士けいちゃんの103歳のおばあちゃんとの心とこころのふれあい

こんにちは。

私は、リハビリの手伝い(作業療法士助手)として施設に勤めています。日々の仕事は楽しいです。

それは入所者のお年寄りとのふれあい、対話が楽しい。

私の勤めている施設には最高齢103歳の入所のおばあちゃんがいます。今年の誕生日で104歳になられます。私は、勤務の時は毎日、そのおばあちゃんのベットサイドに行き対話します。

いつも新鮮です。私の腕を持って、「まあ、大きい!気持ちいいねぇ~どこか

ら来たん・・・」と言いながら

私の腕を自分のほほにすり付けながら、喜びを表現される。

私に長くいて欲しい時には、ギュッと手に力を入れ私の腕を自分のお腹の所に持って行き放そうとされません。(おばあちゃんの目は優しいまなざしです

私が、「また来るね・・・」というと、うん、また、来てね・・・寂しいけん・・手を合わせながら言われます。「バイバイ」と手をふると、「バイバイ、また来てね」と手をふってくれます。

おばあちゃんは寂しい時、「もしもし・・・もしも~し」と

大きな声で誰とか関係なく呼ばれますステーション横のホールにおばあちゃんのベットはあるので誰もその声が聞こえます。その声を聞いて行く職員はほとんどいません。それは、「忙しく相手にできないとかいつもの事だから」かもしれません。

私はできる限りその声を聞いたら行って、「どうしたん?寂しいん?」と言いながら、おばあちゃんのほほに私のほほをくっつけて笑顔で優しく話しかけます。 ると、満面の笑みで喜びを表現してくださいます。後は、いつもの会話です。

特別な難しい会話をしません。言葉を言わずに笑顔だけで会話する事もあります。(非言語的コミュニケーション) 言葉はなくても、心とこころのふれあい大事なように思うのです。

別に言葉はなくても笑顔と温かな気持ちです。それだけでも人を温かな気持ちにできると思いました。喜んでくれたら・・・嬉しいと思ってくれたら、その事が私は嬉しいし思わず笑顔になります。

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2007年4月28日 (土)

東照公御遺訓

こんばんは。

現在、70代以上の人は昔の教えや偉人の言われた言葉に大変興味を持っておられる。時々、ブログでも言葉を紹介しています。今回もその中の一つを紹介します。

            「東照公御遺訓

人の一生は重荷を負いて、遠き道を行くが如し。いそぐべからず。

不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困

窮したる時を思ひ出すべし。

堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。

勝事ばかり知てまくることを知らざれば害其身にいたる。

おのれを責て人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。

これは、徳川家康が遺訓として残した言葉です。

入所の方が喜ばれます。認知症のお年寄りにお見せしても読まれ、うなずきながら、「良いことが書いてある。読ませて頂いてありがとう。もったいない・・・」という方もいました。そこから、心の対話が始まっています。

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2007年4月27日 (金)

人生には三つの坂がある

こんにちは。

人生には、三つの坂があるそうです。

この話、先日もある先生から聴いたのですが、実は

昔に公務員時代に聴いた事がありました。

人生の三つの坂

登り坂     下り坂     まさか

の以上です。多くの人が聴いたことがあると思います。

人は、登り坂の上昇気流の時は、何もしなくても自然に波に乗ったらうまく行くと思います

下り坂 と まさか の時に人は人の支えがほしいのです。心の支えであり物資的であるかもしれません・・・・

しかし、人は上昇の登り坂の時には、ほいほいと自然に人が集まって来て、本当に人の支えがほしい時や下り坂になると「そこにいるのか」とも声をかけてくれなくなります。人が離れがちです

精神対話士は、下り坂  まさか の人の心の支えをします。喪失体験、しっかりと受け止め、相談者の心に寄り添い、共に歩むのが精神対話士 だと私は思います。

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2007年4月25日 (水)

精神対話士けいちゃんの いつでも どこでも 誰とでも 心の対話

今日は、昨日仕事を終えて、病院へお見舞いに行った時の出来事です。

見舞いに行った人の前のベットにおばあさんが、「この病院に入ったばかりで、ようわからん・・・誰も職員の人が来てくれん・・・みんな居ない・・・不安な・・・」と心細そうに私にというか・・・誰それ関係なしに独り言を繰り返していた。

それに気づきそのおばあさんのベットサイドに行き、「大丈夫よ・・・」と優しく微笑み・・・おばあさんの目線に自分も体をし、手を優しく持ってさすってあげる・・・

すると、不安がっていたおばあさんは、わたしの手に少し力を加え、「ありがとう・・・手が温かい・・・」と笑みを見せて、自分の事を話し始めてくださった。

あれ・・・自分は 精神対話士をしている・・・」とふと頭の中で思う。

もうおばあさんと仲良くなっている・・・

おばあさんは、90歳になられる。

「知らず知らずに年を取り、90歳になった・・・まさかじぶんが、病気になり足も動けなくなり、筋肉が萎縮する病気になるとは思わなかった・・・自分から命を絶つわけにもいかん・・・私はまだ修行ができていない。90歳になっても死ぬのは恐い・・・過去を振り返ってはいけないけど、私にはもう先がない・・・だから、楽しかった事や戦争で親族を失い悲しかった事を思う」と涙しながら初めてあった私に話してくださった。いつの間にかもう友達になっていた。

私が帰る時には、「ありがとうございます。嬉しかった・・・これからもよろしくお願いします。」と手を振ってくれた。

精神対話士はその派遣の時だけでなく、いつでも弱っている人が側にいたら

その人の寂しい心に寄り添い心の対話をすることができる

みんなが、体だけでなく、心も元気になってほしい

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2007年4月22日 (日)

こころと心を結ぶ とびっきりの魔法の笑顔0(^-^)0

こんにちは。今日は、曇り空から今は雨・・・少し肌寒い

昨日は、仕事は休みでしたが、勤め先の施設に朝10時過ぎに行きました。

別に特別の用事があったわけではない

ホールに行くと、たくさんの入所のお年寄りがテレビを見たり

それぞれに会話を楽しんだりされている。その中に私も入って行く・・・

おはよう・・・元気・・・」と言いながら右手を差し出しあくしゅを求める。

その時、飛び切りの笑顔と一緒に、温かい右手をさしだす

すると、「まあ、温かい手・・・気持ちいい・・・」と私の手を自分のほおになすりつけ

ながら、満面の笑みで私に応えてくれる・・・

お部屋を訪ねると、「まあ、休みなのに来てくれたん・・・コーヒー入れてあげる、飲みんさい。」と数人の入所者との会話を楽しむ。

私がベットサイドに行き手を握ってあげると、そのまま気持ちよさそうに

寝られる人・・・喜ぶ人・・・・

私も、たくさん たくさん みんなからしい心温かい心元気をもらってる・・・

みんなが 喜んでくださるのが

           嬉しいんですよ・・・ありがとう

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2007年4月21日 (土)

精神対話士 けいちゃんの心のふれあい

こんばんは。

4月も下旬に差しかかろうとしているのに 寒い日が続いています。 

最近は、何となく、 人肌恋しく、寂しくなります。

今 勤めている施設のお年寄りのこと、わたしが、施設に就職して3年間にふれあって、亡くなられていった入所の人達・・・ひとり、ひとりのことを思い浮かべるといつも熱いものがこみあげてくる

先日も、施設に入所されてた方が病院でお亡くなりになったそうです・・・。私が、手や足をさすってあげたり、握手して名前を呼んであげると満面の笑顔で、「ありがとう」と喜んでくださった。

悲しみなど喪失体験をした時、私は、中村雅俊さんが歌った、「ふれあい」が頭に浮かび、ついついくちずさんでいます・・・最近もそんな感じです。

「われら青春!」1974年4月~9月、日本テレビ系列で放送されたドラマで、

「ふれあい」はこのドラマの挿入歌です。

また、中村雅俊のデビュー曲です。

ジャケットは

中村雅俊4

 ふれあい (唄:中村雅俊) (クイックするとしばらくして歌がながれます)

     ふれあい  作詞:山川啓介

  悲しみに 出会うたび
  あの人を 思い出す
  こんな時 そばにいて
  肩を抱いて欲しいと
  なぐさめも 涙もいらないさ
  ぬくもりが ほしいだけ
  ひとはみな 一人では
  生きてゆけない ものだから

  空しさに 悩む日は
  あの人を 誘いたい
  ひとことも 語らずに
  同じ歌 歌おうと
  何気ない 心のふれあいが
  幸せを 連れてくる
  ひとはみな 一人では
  生きてゆけない ものだから

  何気ない 心のふれあいが
  幸せを 連れてくる
  ひとはみな 一人では
  生きてゆけない ものだから

  生きてゆけない ものだから

ひとは 誰も多くのひとに支えられ生きている・・・どんな時も感謝と希望を持って生きる必要がある

そして、多くのひとから頂いた無償の愛に対しては、今度は、愛を必要としている

次の人に渡して行かないといけないと感じるのです。

特別なことをする必要はないのです・・・ただ、そのひとの そばにいて

寄り添って共に同じ空間で心の痛みを・・・だけでよいのです

これこそ、精神対話士の「こころ の ケア」だと思います。

                  

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2007年4月19日 (木)

「運」のつく野菜をたくさん食べよう!

こんばんは。

昔から、「」のつく野菜食べると「」がつく と言われているそうです。

お正月料理に使用されているとか・・・栄養的にみても優れもののようです!

だいこ  ほうれそう  にじん

  ごぼう     こにゃく

みなさんも、栄養もあり、「」もつくと言われている「」のつく野菜を食べてこころと体を元気にしましょう。

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2007年4月17日 (火)

豊かな人生とは・・・

先週から、私を本当に可愛がってくださっている国立広島病院(現 東広島医療センター)名誉院長 鎌田 達 先生が体調を崩され病院に入院されている。      (様態の方は、日に日によくなり、1人で歩けるほどにまで回復されました)

先日、先生のお見舞いに伺った時、 先生の娘様も居られ、3人での会話の中で 鎌田先生が次のように話された

豊かな人生とは なんだろうか?」と

        娘さんが、「友達がたくさんいること」とおっしゃられた。

そうだ・・・豊かな人生とは、お金があるとか、地位や名誉があるとかでは無いんだ・・・お金や地位があっても いざという時に誰も心配してくれる人がなかったら寂しい・・・この度、病気になって入院して良く分かる・・・私は、娘や私の大切な人達が心配して見舞いに来てくれたり、電話を頂いたり・・・心に響く嬉しいお手紙をくださった人もいる・・・ありがたい事だよ・・・本当に私は、豊かな人生だと思う。」と話してくださる。

先生との対話は楽しい。いつも勉強になり、自然と心の話になる

また、先生の娘さんも心の優しい感性豊かな女性である。遠いところを毎日 片道1時間半かけて病院に通われ、先生のリハビリのため勤め先まで先生をお連れして、病院まで連れて帰り、その後、再び 家に帰られご主人と子供さんのため家事をこなしながら、絵を描かれたり、ピアノ、その他、色々な活動に取り組まれている。 

豊かな人生とは心が豊かでないといけないと思う。いくら地位や名誉、お金があったとしても独りぼっちでは寂しい人生ではないだろうか・・・

先生が、元気になられ心からうれしく思います。今回、親を想う娘の心~に触れることができ、とても心地よい、心優しい、暖かな気持ちになりました。 (あたりまえ かもしれません。しかし、あたりまえをあたりまえに行う事が どんだけ難しくて、どんなに大変な事か・・・)

私も先生や娘さんがおっしゃられる、豊かな人生のために 心の旅路を共に歩ませて頂いているのです。 

鎌田 達 先生の講演

次回講演    もっと素敵に
              もっと輝くために
             もみじ女性教室
            
講演の題目   日韓心の旅路
           私の故郷は地球
日 時    平成19年4月27日(金)
会 場    もみじ銀行本店10階ホール
        広島市中区胡町1番24号
時 間    午後1時30分から3時まで(開場1時)   

             

      

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2007年4月16日 (月)

人の道

こんばんは今日は、施設の入所の方にお見せして、読んでもらうと、「とても大切なこと・・・ありがとう・・・良いことが書いてある」といって大変喜んでくださる文書を紹介します。

                人の道

         忘れてならぬ  ものは  恩 義

         捨ててならぬ  ものは  義 理

          人にあたえる  ものは  人 情

         繰返してならぬものは   過 失

         通してならぬ   ものは   我 意

         笑ってならぬ   ものは  人の失敗

         聞いてならぬ  ものは  人の秘密

         お金で買えぬ ものは  信 用

世間を渡って行くうえでも、非常に大事なことばかり書いてあると私も思います。

入所のお年寄りの皆様 うなずきながら 真剣に読まれます。

今は、非常に世知辛い 心が荒んだ 心がさみしい時代だと思います。

西洋のルネサンスではありませんが 今一度 昔に学び 大切なものは 何かを ひとりひとりが真剣に考える必要があるように感じます。 

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2007年4月13日 (金)

春なのに

こんばんは。

3月が過ぎ、4月も あっという間に過ぎ去ってしまいそうです・・・・・

出会い別れの季節・・・

少し寂しいような・・・新たな出会いにわくわくするような・・・

私が、高校3年の時 流行った歌で歌手、柏原 芳恵さんが歌っていた春なのに」という歌を思いだしました。

卒業の少し寂しくなる歌ですが、大好きな歌のひとつです。

「春なのに」をクイックすると曲が流れ出します。素敵な曲です。

(青春音楽館のページを使用させて頂いています。エッセイも入っていて楽みながら聴くことができると思います )           

作詞/作曲 中島みゆき
卒業だけが 理由でしょうか
会えなくなるねと 右手を出して
さみしくなるよ それだけですか
むこうで友だち 呼んでますね

流れる季節たちを 微笑みで
送りたいけれど
春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ

卒業しても 白い喫茶店
今までどおりに 会えますねと
君の話は なんだったのと 
きかれるまでは 言う気でした

記念にください ボタンをひとつ
青い空に 捨てます
春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ

記念にください ボタンをひとつ
青い空に 捨てます
春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
1983年(昭和58年)

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2007年4月11日 (水)

めっちゃおいしい 本場 沖縄そば!

こんにちは。今日は、熱があり 体調がイマイチのため仕事を休みました。

お昼は、先日 職場の人が新婚旅行先のお土産に買ってきてくれた

本場 沖縄そばを作って食べました。

これが、美味しいこと。スープの中に泡盛が入ってたり・・・。私は、沖縄にはいった事がなく食べ物といっても詳しくはわからないのですが、初めての体験でした。

沖縄独自のそばがある事もしりませんでした。

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   沖縄そばの由来

明治時代(400年前)の中国を経由して琉球王国に宮廷料理として根づいた麺料理だそうです。

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社会に出たばかりの新人職員や中堅職員としてこれから会社を背負ってたつ若い人達に捧げたい

笑われて 笑われて 反省するんだよ

叱られて 叱られて 偉くなるんだよ

叩かれて 叩かれて 強くなるんだよ

侮辱されたって笑って受け流せ

足げにされたって 歯を喰いしばって

耐え忍んで

圧倒されたって ぐっと頑張って

潰されるな

苦しいだろう

口惜しいだろう

然し、君 その道は 偉いと

云われる人間が一度は通った道なんだ

私が一番最初に勤めた所で 7年目ぐらいの時 上司が 机の上にコピーして

持っていたものを、私もコピーをさせて頂いた文です。

今でも、時々 読み返す ことがあります

色々な、腹のたつこと、嫌みや悲しいことを言われたり、されたりすることもたくさんあるでしょう。人前で、恥をかくことや仕事上で失態をして、上司から大目玉をもらったりすることもあるかもしれません

でも、「自分は勉強させてもらっているのだ」とプラス思考で考えてほしいです。

特に、社会に出たばかりの新人職員や中堅職員としてこれから会社を背負ってたつ若い人達に捧げたい。

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2007年4月 8日 (日)

母の愛 ~ありがとう~

先日、家に着くなり郵便局の職員の人が小包を私に届けてくださる。

送り主は、私のからであった。小包の中には、がオーブンで焼いてくれた、パウンドケーキ、シャツ、お菓子・・・からの手紙 でした。

私には、父はいない。私が、高校1年生、弟が中学2年生の時、交通事故(ひき逃げ事故)で亡くなる。                                                 4才から16才の父を亡くすまでは関西で私たち家族は暮らしていました。実家は自営業 をしていましたが、父が亡くなり母1人ではできなくなった為、母の里の近くに帰る。

49才位で車の免許取得・・・家族が生きるため 生活するため、ほとんど独学で宅地建物取引主任者の資格を取得。

新しい土地で、また一財産を築く・・・そのも今年74歳に・・・頭があがらない。申し訳ない3年前に母と会って以来である・・・

子は親を越えたいと、もがき悩むが 越えられない・・・母の愛深く、大きくて暖かく・・・越えれない、いや近づくことすら難しい。

                                                                                                            

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2007年4月 3日 (火)

けいちゃんの心の対話・メンタルケア~患者の心に刺さった串を取り除くのが私たちの仕事~

お母さん・・・お母さん・・・どこ行ったん・・・おらんのんよう・・・」と叫びながら

90歳過ぎのお年寄りがホールで自分の母をさがしている。

私が、そのお年寄りのそばに行き、手をさすりながら、「お母さんはね、今、ご飯支度をしよってんよ・・・だから忙しいんよ」というと

満面の笑みを見せ、「そうねぇ、そりゃ悪りいねぇ・・・夕飯の支度してくれよってんじゃね・・・お母さん、料理が上手なんよ・・・」と答えてくださる。

「その人に特別な何かをする必要はない、そんなことは望んでいない。ただ側にいて、寄り添い優しく手をさすってあげ、にっこり優しく 微笑んであげるだけで良い」と思うのです。寂しさや孤独感・・・それらを、少しでも和らげ元気を持ってもらえたら嬉しい。

以前、鎌田 達 先生が私に次のように話してくだったことがあります。

患者という字は が刺さっている・・・私たちの仕事は、に刺さっているそのを取り除くのが仕事なのだ」と。先生が、国立病院の全国の会長をされていた時、会議の中で話されたそうです。

(おそらく、日本中探してもこのような事を話されたお医者様はいないとおもいます。)

治療は大事ですが、治療では治らない・・・取り除けない、心の痛みそれを和らげるのが大変だ・・・それが大切だと・・・

まさしく精神対話士心のケアメンタルケアではないだろうか。

これからも、一人一人の心に寄り添い心の対話をこころがけていきたいです。

財団法人 メンタルケア協会 のホームページ

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